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武術稽古法研究No.120
武術稽古研究会の稽古をどう見るか(3)
1999/11/15 中島章夫

●技の感覚を育てるということ

前回、私たちの稽古の眼目は「井桁術理の基本的な感覚を身に付けることだ」と言いました。この「感覚を身に付ける」ことを、私は好んで「感覚を育てる」という言い方をします。それではなんのために技の感覚を育てるのでしょうか。これは言うまでもなくその感覚を「使って」技を行うためです。

●技の創出と使用

技に創る側面と使う側面があることを発見したのは前出の南郷継正でした。技は「創ってから使う」のです。こういうと、何だかすごくあたりまえのことのように思えます。しかしこのことは、なかなかおもしろい論理を含んでいます。この認識上の発見によって、型稽古とは何か、なぜ現代の柔道や合気道の稽古法では技が育ちにくいのか、がはっきりと分かったのです。

南郷の考えを私なりの理解で言うと次のようなことです。

剣術家は普通、自分で刀は作りません。刀は刀匠が作ります。刀そのものの出来はここで決まってしまいます。どんな腕前の人が使おうと、刀の性能としての切れ味には変わりありません。

ところが実際に使ってみると、どんな銘刀でも使い方がへただとうまく斬ることができません。この例で刀の質と使い方の質は直接には関係がなく、別々だということが分かります。

問題は武器を使わない空手や柔術、柔道のような武道の場合です。これらの場合、刀に相当する武器を自分の身体で作らなくてはなりません。この刀に相当する部分を南郷は「技」といいます。

ところが素手の武道の場合、見た目からは刀を作る、刀を使うという過程の区別がつかないので、刀の振り方のような使い方からはじめてしまいがちです。よい例が日本少林寺拳法です。宗道臣の本には少林寺拳法の技は習ってすぐに使えるのが特徴だと書いてあります。つまり日常的身体と感覚のまま、手を掴まれた時の抜き方、投げ方、突きをかわしての反撃のやり方さえ憶えればすぐ使えると考えるのです。これは多くの護身術の本も同様です。しかしそれはあくまでも「考え」であって、実際にやってみれば現実の護身の場で役に立てるのは、そう簡単ではないことがわかります。これはナマクラな刀どころか、スポーツチャンバラの柔らかい剣でしかないのに、斬り方だけ習えば人が斬れる、といっているようなものです。

ここで柔道や日本少林寺拳法や合気道や、また空手の中でもフルコンタクト系の空手などでは、よく斬れる刀にあたる「技を創る」稽古から始めなくてはならないのですが、技の使い方を憶える稽古からはじまってしまいがちです。それは、くりかえしになりますが技を「創る・使う」の関係が理解しにくいためです。それで技を創ったり磨いたりする稽古をするかわりに、筋力を鍛えたり体重を増やしたりしようとします。スポーツチャンバラの剣からせめて木刀にしよう、というわけです。筋力トレーニングを否定する合気道のような武道でも、もともと力のある人や男性に向いているということになってしまいます。それは肝心の「合気」の稽古、つまり技を創る稽古がないからです。大東流の武田惣角がある人に「柔術は教えるが、合気は教えない」と言ったということですが、これも「技の使い方は教えるが、技そのものは教えない」ということだと思います。

●型稽古の意味

では技を創る稽古とはなんでしょうか。南郷継正はそれが型の稽古である、と言います。だから柔道、剣道、日本拳法、フルコン空手、日本少林寺拳法、合気道など型稽古を軽視、あるいは無視して、技の使い方の稽古に走る武道を厳しく批判します。南郷理論では型で技をきちんと創り上げてから(刀を作ってから)、技の使い方の稽古をしなくてはならないことになります。これは伝統空手のやり方です。しかし南郷は伝統空手は、使い方の稽古体系が不十分であるため、技を生かしきれないのだとこれを批判しています。

同様に、しっかりした型が伝わる古流でも、型稽古の意味を捉えきれずに、技の使い方の稽古として行っていることを批判します。これは「型は実戦の雛型ではない」という振武館の黒田先生のことばと同じです。

そして型の意味は「技を創る」ことと、「創った技を整える」ことだと言います。これは使った刀を手入れしたり、刃こぼれを研ぎ直したりすることを想定してのことです。

●型を固めることが技なのか

さて、ここで私たちの稽古について考えてみましょう。この南郷の批判は、私たちの稽古への批判でもあるからです

それは甲野先生が、この「技を創る・使う」を区別した稽古をしているかということです。これは端的にいって区別はしていないと思います。しかも先生の稽古のやり方は「技の使い方の追求」そのものです。

それでは先生の体術の技の斬れ味は、スポチャンの柔らかい剣か木刀でしょうか。そうでないことはその技を受けた人々が証言してくれるでしょう。なぜ甲野先生は使い方を稽古しているのはずなのに、技の斬れ味が増すのでしょうか。南郷理論が間違っているのでしょうか。

私の考えはこうです。南郷の「技は創ってから使う」という理論は根本では正しいのですが、その適応の過程で誤りがあるのです。それは南郷が技論を導き出すための使った、刀を作る、刀を使うというたとえがあまりにも見事だったために、こんどはそのたとえに強制されてしまった、ということです。もう少し具体的にいいましょう。

技のたとえの刀が、しっかりとした硬いものであるために、作刀の過程に置きかえた型稽古もしっかりとした硬いものでなければならないと考えてしまったのです。そして硬くて丈夫な刀のような、使っても崩れにくくなるほどのがっちりとした型に仕上げることをもってして技化と考えてしまったのです。

南郷の専門が空手だったこともあって、彼にとってはそれでよかったのでしょうが、その形式を剣術にも居合にも柔術にも当てはめました。しかし、仮に型がしっかり身に付くことが技化だとしても、それを保持するための内部感覚があればこそなのではないでしょうか。だから南郷流(玄和会といいます)の空手の場合、使用しても簡単には崩れない拳や蹴り足などを支える感覚が育つ(創られる)ことを指して技化と称していると考えることもできます。

●「創る」と「育てる」

武道・武術の種類によっては、指導者が外側から直すことでその流派の基準となる型と内部感覚を身に付けさせることが可能なものもあるのかもしれません。しかし柔術の、少なくとも松聲館の技法の場合、事はそう簡単ではありません。

たとえば正面の斬りひとつとっても、ちょっとやそっとでは崩れないほど型を繰り返して固めてから、その使い方の稽古に移行するわけにはいきません。なぜなら最大の支点である腰が廻らない感覚が育たないうちに、型を繰り返すことには意味がないからです。型を支えるのはその感覚である以上、それは当然のことです。

そのため私たちの稽古では、正面の斬りの型を使って感覚を育てることが最初の目的になります。その間、型はしっかりせず、微妙に、あるいは大きく変化していきます。そして廻らない「ある感覚」が育った時、はじめて型を繰り返すことが可能になるのです。

これを「型を通して感覚を創る」とか「感覚の創出」などと言ってもいいのです。しかし「創る」や「創出」という用語は、刀や武器を作るのと同じくらい、体術での武器、つまり突きや蹴り、投げなどを使い方とは独立して稽古する過程の大切さを強調ために、南郷継正が産み出したことばです。日常的身体を武術的身体に、南郷のことばでは生活体を武動体に、意識的に組み直していくような感覚が付きまといます。

しかし、武術的身体はなによりもまず、武術的感覚によって支えられます。武術的感覚は武術的環境に適応するために新たに育ってくるものです。それは日常的感覚が日常生活の環境に適応して育ってきたのと同じなのです。稽古とは武術的環境に適応した感覚と身体を整えていく過程そのものです。この環境(空手的環境、柔道的環境、合気道的環境、剣道的環境など)は意識的に創るのですが、感覚そのものは育ってくるのをまたなければなりません。そして型は武術的感覚が育つにしたがって、「結果的に」より武術的に見事な型となってくるのです。そのためここでは、「技(の感覚)を育てる」といういい方をするのです。

南郷継正が発見した「技は創ってから使う」という論理を無条件に認めた上で、もう一段底流にある「技の感覚は育ててから使う」という論理に基づいて考えないと私たちの稽古の姿は見えてこないでしょう。

第一、「技を創る」というより「技の感覚を育てる」と言った方が、「育った技をどう使うか」という稽古の次の段階が理解しやすいのではないでしょうか。このことが理解できれば、技が育ってもいないうちに「技がうまくかからない」とか「甲野先生の技が理解できない」とか悩んだり、才能がないのかと落ち込んだりする必要がないことが分かるでしょう。

●甲野先生はどう技を育てるか

くり返しますが、型は感覚が支えるのですから、武術的感覚が育つにしたがって、「結果的に」より武術的に見事な型になります。この武術的感覚とその表現としての型、つまり武術的身体を合わせて「技」といいます。決して型をしっかり身に付けることが最初ではありません。ここに、「なぜ甲野先生は使い方を稽古しているのに、技の斬れ味が増すか」の答えがあります。

甲野先生の稽古を見て、先生が技の使い方の稽古ばかりして、基本をちっとも教えてくれないと感じている人は多いと思います。私もそう思っていました。しかしこのところ「松聲館の基本とは何か」を、ずっと考えていてそうではないと思うようになりました

甲野先生が、稽古の場でもコミュニティカレッジなどの公の場でも、うまく技のかからないのを見たことのある人がいると思います。特に新しい術理の発見当初に多いのです。相手によっては、以前の術理で技を掛ければ潰せるだろう、と思うこともよくあります。うっかりすると以前の技の方がすごかった、と思う人までいるほどです。

流派の主宰者が、稽古場ではともかく公の場で、技がうまく掛からないままにする、ということはあまり考えられないことでしょう。その立場を考えれば実際にそうすることはなかなか難しいことだと思います。やはり面子というものがありますから、なんとしても投げるなり、抑えるなどしてカッコだけはつけようとするものです。もちろんそうした実力がない人の場合はしかたありませんが、甲野先生の技の歴史を知っている者からすれば、なんとでも出来そうなものです。

ところが甲野先生は今の術理の感覚に忠実であろうとします。そのため技がうまく掛からなくても、以前の術理に切り替えてまで、相手を制しようとすることはほとんどありません。そのことが端からどう見られようと、甲野先生にはどうでもいいことのようです。というより、カッコをつけるより術理を追求する姿そのものを見せてしまおう、ということかもしれません。

ともかくも、ここに甲野先生の稽古の秘密があります。本人は技の使い方の説明をしているつもりでも、やりにくい相手に出会った時や、そうでなくても自分で条件をきつくしたりして、瞬間にその技を支えている感覚を育てる稽古に転換しているのです。

●甲野先生の稽古から学ぶ

私たちが甲野先生の稽古から学ぶ点はここです。甲野先生は感覚に忠実な稽古をしています。そして「出来ないこと」に出会ったことこそを大切にしています。だからこそ出来てくると、わざわざ条件をきつくして「出来ない状態」にするのです。「出来ない」時は感覚からの要請にしたがって型を吟味し、「使うという形」で感覚を育てていると考えていいでしょう。

私たちの稽古も技の使い方を稽古するような形で行われます。「正面の斬り」でも「柾目返し」でも、技を利かそうとして行います。だからそれは「使い方」の稽古のように見えるのです。しかし「出来ない」わけです。この「出来ない状態」をしっかり受けとめ、意識ではなく自分の内部の感覚に主導権をとらせます。そこからその技に必要な感覚が育ちはじめるのです。こんどは育ちはじめた感覚で、技の型を行っている自分の身体各部を吟味し、調整をします。

このくり返しによって型は徐々に形成されていきます。この型は内部に技に必要な感覚を備えたものです。この技的感覚の生成過程は外から見れば同じ稽古、技の使い方の稽古のくり返しに見えるのです。しかし武術的感覚を伴ったこの身体こそ、武術的身体であり、技そのものなのです。

稽古を考える上での前提をいくつか述べてきました。次回からは項を改めて、どんな技をどのような視点で稽古すればいいのかを見ていこうと思います。

以上


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