武術稽古法研究No.119武術稽古研究会の稽古をどう見るか(2)
1999/11/06 中島章夫
●なにを学びたいのか
本題に入る前に、前回少し触れた「なにを学びたいのか」ということについて考えてみましょう。これは稽古を続けるための根本の問題です。
稽古会で稽古を始める人の動機のほとんどは、甲野先生みたいな技を自分でやってみたいと思ってのことだと思います。それが毎回、なんだかよくわからない稽古をさせられて、どうも技の手掛りも見えてこないとなるとイヤになってしまうのも無理ありません。こんな稽古を続けていて、他人はどうあれ自分は上達できるのだろうか、と思ったりします。
そこでたとえば、もっとしっかりした稽古法、伝統的な型稽古とかよく考えられた稽古システムとかがありそうな武術の道場を探そうと決心したとします。その場合二つの動機が考えられます。
ひとつは剣術とか柔術とかの型を憶えて、武術稽古研究会の稽古の参考にしようとすることです。もうひとつは、より分かりやすい稽古を行っている道場ヘ移ることです。これらはいずれも一人ひとりの問題ですから、その選択に誰も口をはさめません。ただこの時、「自分が何を学びたいのか」という基本をはずしていないかを考える必要があるでしょう。
●南郷継正の合気道
甲野先生の動きに興味を示すスポーツ関係の方々は、武術としての技の追求のために稽古に来ているわけではありません。自分たちの専門にその動きを生かせないか、ヒントを得ようとしているのです。だから何かヒントが得られるなら、いろいろな道場を渡り歩いても目的からはずれるわけではありません。
しかし私のように、甲野先生の技をなんとか自分の身で再現したいと願う者にとって、たとえ稽古方法に不満があったとしても、他の流派に浮気するわけにはいかないのです。
空手の世界に南郷継正という人がいます。この人は空手だけではなく武道一般の稽古法、上達法を唯物弁証法によって科学として構築した人です。詳しくは三一書房から何冊も本が出ていますから、そちらを見ていただきたいと思います。私は甲野先生に出会う前に南郷の本を読んで大きな影響を受けましたから、甲野先生の稽古方法は欠点だらけにみえました。それでいろいろと稽古の方法を考えたりしました。そんな中、南郷継正の会派である玄和会では合気道も南郷理論によって、真の武道にするべく稽古していることを知ったのです。心酔している南郷理論で合気道を学べるというのです。しかしそこで稽古をしてみようとは微塵も思いませんでした。なぜなら私の学びたいのは、甲野先生の技だったからです。どちらも柔術系で見た目は似ているのだから(実際には似ていませんが)、玄和会の合気道でもいいではないか、というわけにはいかないのです。特に玄和会では、合気道を「関節技の体系」と定義付けていますから、私の求めるいわゆる「術」の世界とは違いますので、余計に関心を持たなかったのだと思います。
●新体道・心道会・振武館
それでは、新体道の青木先生や心道会の宇城先生、振武館の黒田先生のような深い術の世界を追求している方々の場合ではどうでしょうか。現代武道、伝統武道の違いはありますが、いずれもきちんとした型稽古の体系を持っています。また、甲野先生も御三方の技を深く認めています。
新体道にも心道会にも優れた柔術系の技がありますし、振武館には剣術、柔術など甲野先生と重なる部分が多いですから、そこに引かれてもよかったはずですが、そうはなりませんでした。あくまでも私の興味は甲野先生の技だったからでした。誰でもない甲野先生の技を身に付けたいと願う以上、今現在の稽古法に不満を言っても何も始まらないわけです(これは私の個人的な問題であって、他流派に興味を引かれることそのものが良くないと言っているのではありません)。
ならばどうしたらいいのかというと、甲野先生自身がどうやって稽古をしているのか、またしてきたのかという、「甲野先生の方法」そのものから稽古のヒントを得るしかないでしょう。
では、具体的に何から、どうやって稽古をしていったらいいでしょうか。
●井桁からの出発
私は松聲館の創設間近からの会員ですが、長い間甲野先生の技が理解できませんでした。それでも松聲館から離れなかったのは、甲野先生の技が面白くて、これからどうなっていくのだろう、という興味からでした。
それが井桁術理の発見で様子が変わりました。井桁は甲野先生がそれまでの技も術理もいったん捨てたところから始まったものです。それは、会員たちも甲野先生と同じスタートラインに立てるということを意味していました。もちろんそれまでの鹿島神流を基礎にした技が、まったく無関係になったというわけではないでしょう。特に井桁が様々に展開されるようになると、井桁以前に培われた技術が多いに活かされるようになったとは思います。
しかし、私たち会員にとってそのことは無視できる、というのが私の考えです。なぜなら私たちにとって重要なのは、井桁の持つ術理を身に付けることであり、その展開応用が甲野先生の技と同じである必要はないからです。このことから、私たちの稽古の眼目は、井桁術理の基本的な感覚を身に付けることだということがわかります。
●だれでもできるのか
そうなると問題になるのは、井桁術理はだれでも身に付けられるものなのかどうか、ということです。
井桁術理の発見の功労者に永野順一さんという会員がいました。この人の技が急激に伸びたことから、甲野先生は井桁術理で多くの人が技が出来るようになるだろうと考えました。そのことに対して「永野さんは才能があったからだろう。その証拠に他の会員はちっとも伸びないではないか」という批判がありました。確かに私を含めた他の会員の技の進展は芳しくありませんでしたが、それでも私の感想はその批判とは違いました。それは、
「甲野先生以外でも出来る人が出てきた。これは井桁でいけるぞ」
というものでした。私は才能というものを、人ができるまでに十年かかることを一ヵ月でできてしまうとか、理解するのに一年かかるものを三日で理解してしまうとかいうようなことだと思っています。それはそれで大変なことですが、あくまでも自分とそういった人と比較した時にでてくる問題です。自分がそれを実現したいのだから、自分に必要な時間をかければいいことだと考えています。
井桁術理で技は育つ、術の世界へ近づける、というのが私の感触でしたから、問題は何をどう稽古するかでした。稽古の方法が見当はずれだと、十年経ったら別の感覚が育っていたということになります。これは才能があってもなくても同じです。しかしこれは私にとってそれほど難しい問題ではありませんでした。
なぜなら井桁以前の最後の術理である「無拍子打ち」から「井桁崩し」の転換の時期を体験しているからです。井桁になった当初、これまでのはなやかな技の数々が消え去り、「正面の斬り」と「柾目返し」のたったふたつの座り技になってしまいました。そしてその術理は「まわってはいけない」ということだけでした。
この「正面の斬り」も「柾目返し」も現在とはずいぶん違った、素朴なものでしたが、井桁の感覚を得るのには十分なものでした。もちろんそうでなければ、その後の術理に進展があるはずないのですが。
また、素朴であるということは、井桁術理の感覚を大掴みにできるということでもあります。
このふたつの原初的な技を中心に据えることで、井桁術理の本質に迫る稽古ができるのです。ただし、原初的な技だからといって、やさしいわけではありません。現在の先生の技や、稽古の進んだ人の技にくらべて、井桁術理の構造が大きく、単純であるため、今自分が身に付けている日常的感覚から井桁的感覚が連想がしやすいということです。くれぐれも、すぐに分かって、使えるようになるとは思わないでください。
●稽古で心得ておくこと
具体的な稽古の方法に入る前に、稽古をするにあたって心得ておきたいことについてひとこと言っておきます。もう少しがまんして読んでください。大事なことです。
1「出来ないこと学ぶ」覚悟をすること
まず第一に、これから今までやったことのないことを学ぶのだという覚悟をすることです。つまり「これからできないことを学ぶのだ」ということです。
人によっては少し稽古をして、理解ができないとそれこそ自分には才能がないのだとか、稽古のやり方が悪いとか自分には向いていないとか思う人がいます。しかしそんなに簡単にわかるような技なら、習うまでもないことを理解してください。通信教育だけで身に付くようなレベルの技なら、技を受ける相手にその技の構造がすぐにわかってしまい、とても術と呼べるものにはなりえないでしょう。まずは「出来ないこと」を覚悟してください。
2「大まかな全体から細かな全体へ」と学んでいくこと
第二に、技の進展は、大まかな全体が技の感覚が拓け認識が深まるに連れ、より細かな部分に割れていき、総体としての細かな全体へと生成されていくということを憶えておいてください。細かな部分の積み上げではないのです。これは人物の像を彫るのに、大まかな全体を作ってそこから少しずつ人物に仕上げていくのか、足の部分をまず完全に仕上げてから次はくるぶしを、という彫り方をするのかというのに似ています。学校を代表とする教育の一般的な方法は、完全な部分を積み上げていけば、完全な全体ができ上がるというものです。極端な場合は完全な部分が出来ないうちは、次の部分を見せない、あるいは学習者が漠然とした全体も掴めないうちに、完全な部分の習得を求めるというようなこともあります。
しかし学びの自然な姿は、大まかな全体が大まかな部分の総体へ少しずつ割れていき、部分が総体的に深まっていくというものです。つまり「大まかな全体から細かな全体へ」ということです。決して「細かな部分から細かな全体へ」ではありません。
このことは次のことと関連してきます。
3最先端の技を数多く受けること
第三に、初心のうちは原初的「正面の斬り」と「柾目返し」だけをくり返し稽古することがいいこととはいえない、ということです。それは変だ、甲野先生はこのふたつだけの稽古から井桁術理を展開していったではないか、なぜそのふたつだけを稽古してはいけないのか、という反論もあるでしょう。もちろんそれも間違いではないのです。しかし、井桁の初期と現在とでは稽古環境の豊かさが違います。この稽古環境を利用しない手はありません。
甲野先生はもちろん、長く稽古をしている会員たちの技でさえ、原初的な井桁の感覚をより、あるいは少しは深めたものになっています。特に甲野先生の技の場合、当然のことですが、松聲館の技法の最先端と考えていいでしょう。一見すると分かりにくいかもしれませんが、私は先生の現在の技法も井桁術理が基礎になっていると考えています。井桁術理の発展過程の最先端、先ほどの考え方でいうと「井桁術理の細かな全体」がそこにあるわけです。
井桁の「大まかな全体」を稽古する人が、先端の技を数多く受けると、意識では何が何だか分からないのですが、身体感覚はその細かな技の感覚を受けとめるようなのです。その人の今の感覚ではそれを使いこなすことはできませんが、確実に感覚の底に溜まっていきます。その残留感覚が、大まかな感覚をより割れた細かい感覚に育てる支援をすると考えられます。私が、稽古に行き詰まったら先生の技を受けるようにとアドバイスするのはそのためです。当然井桁初期の甲野先生にはそうした稽古環境はなかったのです。私たちの稽古環境が豊かになっている、というのはこういう意味です。
だから先端の技を数多く受けることと、自分の稽古を行き来することが稽古のどの段階でも大切なことなのです。
以上、稽古をする上での心構えを述べました。次回は型の問題を通して技とは何なのか、ということについて考えます。
つづく