[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

【武術稽古法研究026】1996年1月30日

◎技の原初形態・稽古法の原初形態を憶えておくこと

 1月26日の稽古で甲野先生が新しい座り技の稽古をされていた。それは座りの両手持ちから片手を帯刀した刀を突き出すようにすると、もう一方の手が自由に挙がってしまうというものだった。技そのものを文字で書き表すことはできないので実際に体験してもらうしかないが、この日の稽古で確認したことを記録しておくことにする。

●やはり技は見えにくい方へ変化する
 一番興味深いのは、稽古開始時には見た目にも刀の鞘を持つような手の形から技をかけていたのが、稽古終了時にはその手はただひざの上に置いた形に変化していたことだ。しかも動きもわずかなものになってしまっている。後の形を見せられて「刀を突き出すように」と言われてもピンとくる人は少ないだろう。
 以前「ひとつの技、あるいは動きの原理は、典型的な動き(明らかに観て取れる動き)から、質的な転換を経て動きの中に吸収されて働きだすと、容易には取り出せなくなっていく。」(稽古法研究『〈水鳥の足〉の復権(?)で考えたこと』94/11/18)と書いたが、1回の稽古の中で実際にその過程を見ることができたのは幸運だった。

●技の原初形態を憶えておくこと
 また「技の原初的形態は技の原理を典型的に示す姿形を持っている。だからこそ、その姿形から技の原理を辿ることが可能となるのだ。しかし、一旦その原理を的確に捉えてしまうと、技は必ずしもその形態を採る必要がなくなってしまうのである。」(稽古法研究『〈一足立ち〉の経緯に学ぶ』95/04/19)とも書いた。今回の技は、「体内波」や〈一足立ち〉のように、稽古の現場で誕生したわけではないようだが、それでもかなり新鮮なものだったのだと思う。最初、先生の手の形が、明らかに帯刀した刀の鞘を握った形とそれを突き出す動きであったことをこの日稽古をした会員は憶えているだろう。これを今回の技の「原初形態」と呼んでもよいと思う。この時点では先生の説明と実際の動きは十分に納得できるものだったように思う。しかし最初に言ったように、稽古の終わりには先生の手は鞘を握る形ではなく、ただひざの上に置かれていたし、動きも「突き出す」ようには見えない程わずかなものになっていた(これは「見た目に」ということであって、実際に先生の腕を握ってみれば感覚的に押し込まれるのがわかるだろう)。このとき既に先ほどの説明からその動きを連想するのは難しくなっている。これから後にこの技に触れる会員にとって必要なのは、連想できるように間を埋める情報である。そのためにも「技の原初形態」に偶然立ち会った人々はそれを伝える役目を負っていることを忘れないようにしたい。

●稽古法の「原初形態」を憶えておくこと
 今回の技に関しては、技として展開するというより、〈水鳥の足〉のようなひとつの原理として動きに吸収されてしまう可能性が大きいように思える。そうだとすると、今回のような座りによる単独の稽古法は消えてしまうかもしれない。この時の稽古を「稽古法の原初形態=型」としてしっかり記憶しておくことも大切なことだろう。
 以上


本サイトの内容を、権利者に無断で複製・改変することは固く禁止いたします。