【武術稽古法研究014】1995年3月17日
◎「構わず動く」動きと「肩の溶かし込み」
2月の恵比寿の稽古で、私自身の動きに変化があったので、そのことをまとめておこうと思う。
●構わず動く
Iさんと稽古するうちに、「体内波」を初めて体験したときの話になり、
「こんな感じだったんだよね」
と先生の動きを私なりに真似してみた。するとIさんがどんどん後ろに下がってしまうのだ。「すごい馬鹿力で押されているみたいですよ」といわれて、いろいろ試してみると結構自由に動けてしまう。その後、Yさんに、また3月12日の千代田で、何人かの人に試してみて同じように動けることを確認した。
その動きの自覚は、相手と力がぶつかっても構わず動く、腕がヒンジになろうが気にとめずに動く、ということから始まった。それまでの稽古では、力がぶつかった時点で「失敗」としてやめてしまっていた。それを構わず動くことで思わぬ発見となったのである。もしかすると気づいてさえいれば、一カ月前でも動けていたかもしれない。このことから考えても現在稽古をしている会員の中にも、やってみると動ける人がいると思う。
●「肩の溶かし込み」で上体のねじれを防ぐ
ただ、闇雲に「構わず動けば、動ける」わけではなく、それなりの条件があるようだ。ある程度体を「回さない・ねじらない」動きが体感できなくてはならないだろう。最低でも「腰と肩」が回ってはできないだろう。
もう一つは「体内波」及び「肩の溶かし込み」の概念があったから出来たと思っている。「体内波」を1月の千代田で体験したとき、その感覚がとても良く分かる気がしたのである。それは「体中が蜂の群れがブンブン唸っているような感じ」、「よく干したふとんのように内側から癒着する事なくフワッとした感じ」に全身を調養するということである。「体内波」の感覚には未だ及ぶべきもないが、「全身調養」「体が一つになる」ことが分かるような気がしたのである。
それがより具体的になったのは「肩の溶かし込み」の概念を伺ってからだ。もちろんはじめはその感覚が分かるはずもなく、ただ「肩をずうっと腰の方まで落とす」と思いながら日常の動作や稽古をしていただけなのだが、肩と腰とがつながる感覚、正確に言うと肩と同側の側腹がつながる感覚が生まれて上体のねじれるのを防ぐことができるようになったようだ。
「構わず動く」動きをしているときは、肩は全く存在していないようであり、つかまれた腕を動かすのでも、腕だけを動かすのではなく全身で動かしているような感覚なのである。腕に力を片寄らせることがないので、肩はもちろん腕にも表情がでず、また腕を掴まれていることが少しも気にならないのである。
●「構わず動く」動きは「技」以前の「動きの質的転換」
さて、この「構わず動く」動きは技と呼べるようなものではなく、むしろ技の動きを乗せるための基底となる体感覚、あるいは体勢といったようなもので、この感覚と動きを基にして技を組み立てていくようになるのだろう。ただ「動きの質的転換」の一端を垣間見たということだけは確かなようである。
以上
014の補足(2004年4月)