【武術稽古法研究007】 1994年11月18日
◎〈水鳥の足〉の復権(?)で考えたこと
11月11日の池袋コミュニティカレッジの講座で、甲野先生は剣術の説明の流れで、久しぶりに〈水鳥の足〉の説明をされた。その時先生は、「〈水鳥の足〉のことをことさら言わないのは、水鳥の足で動くのが当然のことだからです」というようなことを言われた。それを聞いていて、そういえば先生は今は「水鳥」で動いているんだな、と気づいて考えさせられてしまった。というのも〈水鳥の足〉の発見は〈井桁〉のずいぶん前のことであり、当然〈井桁〉発見直前の技(例えば〈無拍子打〉など)では〈水鳥の足〉が前提となっていて、それこそ「ことさら言うまでもない」ことだったのは確かである。それが[井桁以後]それまで松聲館で行われていた動き、例えば腰の反り、撞木足(ソの字立ち)、螺旋など、ほとんどすべてが一旦は否定されてしまった(ちなみにこれを私は[井桁ショック]と呼んでいる)。当然〈水鳥の足〉も、当初姿を消したのである。
〈井桁の術理〉は一切の「廻す、ねじる」動きを否定して、「ずらし」を基本としたものであったためか、それを立ち技に展開した当初の動きは、(今思えば)何か堅苦しい、息の詰まるような印象だった。この時もまだ〈水鳥の足〉は見られなかったように思う。先生の動きが開放された感じになったのは、「平行四辺形」から「ロ−タリ−エンジン」状に動きが展開してからだろうか。それがさらに発展して〈四方輪〉という強力な「規矩(かね)」(といっていいか?)を得て、その〈四方輪〉によってできた玉を崩さず(捻らず)運ぶ(あるいは転がす)ために〈水鳥の足〉が復権を果たしたのだろうか。
いずれにしても私にとっては、先生はごく自然にいつの間にか、再び〈水鳥の足〉で動いていたのだということをコミュニティカレッジで確認することになった。
そんなことを考えているうちに、どうも自分は根本的に思い違いをしているのではないか、と思えてきたのだ。その思い違いというのは、形が消えることとその働きが消えることを一緒くたにしていたことだ。
例えば〈無拍子打〉のことを考えてみよう。〈無拍子打〉は私にとって甲野先生の技の展開の早さを示す象徴的な技だ。というのも、2年前(1992年)の確か12月だったと思うが、千代田の稽古会で一般の人に対して初めて〈無拍子打〉が紹介されて2時間近くその稽古をしたのに、一月後の千代田では〈無拍子打〉の「ム」の字もなく、〈井桁〉一色だったのである。千代田でのみ稽古をしている人にとって「晴天の霹靂」とはまさにこのことである(これぞ[井桁ショック])。先生の技の進展の速さに知っている人も多いので、「無拍子打、その後の展開」的な技の変化であればさして驚きはしなかっただろう。それが技の展開どころか全否定とは! そして2時間の間、〈正面の斬り飛ばし〉と〈座りの柾目返し〉だけ(その時は二つしか技がなかった)を黙々とくり返したのだった。
しかし、〈井桁崩し〉の稽古を続けるうちに分かってきたことは、回らない、捻らない、支点を作らない動きは、〈無拍子打〉そのものだということだった。考えてみれば、「支点を作らない=早い・遅いがない」ということは「拍子が無い=拍子を作らない」ということなのだから、当然と言えば当然なのだ。[井桁以後]から現在に至る先生の技はすべて〈無拍子打〉なのだ。というより〈無拍子打〉はもはや一つの技ではなく、動きの原理としての〈無拍子〉となっていたのである。
このように、はじめ個別の技だったものが、動きの原理として昇華され、直接に見て取れなくなる(もちろん見る人の力量によるが)ことは多いのかもしれない。ただ、それまでの技の展開と違って、直接〈無拍子打〉の展開としての〈井桁崩し〉だったのではないのにもかかわらず、共通した動きとしてあらわれたのは、〈無拍子〉が動きの質を追究すると必然的に現れざるを得ない動きの原理のひとつだからだろう。だからこそ古今の人々の質の高い動きを〈無拍子〉から論じることができるのである。
さて、テ−マは〈水鳥の足〉だった。〈水鳥の足〉はその名称が〈水鳥の足〉であるために、つい足の捌きに注目してしまいがちだが、それを支えている体の捌きそのものが問題だったのだ。つまり「体の移動」に関しての技法だったのである。もちろん[井桁以前]と[井桁以後]の〈水鳥の足〉がまったく同じとは思わないが、「井桁直後」の〈座りの正面の斬り飛ばし〉の時、手ばかりが伸びて体が前進せずに困った人も多いのではないだろうか。両足がスっと入れ代わる、いわゆる〈水鳥の足〉ばかりではなく、こうした座りからの移動、体を正中面で割ってずらすように移動するとき、その体捌きが使われていると考えて間違いないだろう。
回さない、捻らないことを前提とした〈井桁崩し〉以降、〈水鳥の足〉のことを意識しなかったのは、それが「腰のキレをより鋭くするための体捌き」という印象が強かったためかもしれない。しかし、〈水鳥の足〉の本質が、地面を蹴らずに体を移動(前進、反転、全転など)させることで支点を消滅させるための体捌きであることに思い至れば、「足」にも「腰のキレ」にもこだわることはなかったのだ。最近の〈リクライニングする腰〉なども〈水鳥の足〉の展開のひとつと観ることもできただろう。
もともと「支点の消滅による移動」を身上とする〈水鳥の足〉は「復権」どころか、支点をつくらない〈井桁崩し〉やその発展である〈四方輪〉を上部構造に得て、ますますその真価を発揮していたわけである。
このように、ひとつの技、あるいは動きの原理は、典型的な動き(明らかに観て取れる動き)から、質的な転換を経て動きの中に吸収されて働きだすと、容易には取り出せなくなっていく。稽古をするものは先生の技の全体像をおおまかに把握しつつ、展開の過程をよく観ておく必要があるだろう。
以上
007の補足(2004年4月)
甲野先生の動きを見るとき、ついつい足の向きや膝の曲がり具合などに目が行きがちだが、動きの雰囲気を大づかみにすることの方が大切である。細かい形はその後でよい。
しかし年を追うごとにその「大づかみ」が困難になっているのも事実だ。術理本やビデオなど、間を埋める動きを知ることは不可欠だろう。
また、現在の先生の動きの大本である〈井桁術理〉に立ち返ることも重要であろう。