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【武術稽古法研究006】 1994年10月20日

◎一人稽古の意味を考える

●甲野先生は[順の稽古]をしたのだろうか
 前回『順の稽古・逆の稽古』で、甲野先生の会員との稽古が多かれ少なかれ[逆の稽古]であったと述べた。それでは先生は[逆の稽古]だけで技を発展させてきたのだろうか。そもそも[逆の稽古]だけで技を育てることが可能なのだろうか。
 [逆の稽古]とは、南郷継正の理論から言えば「技の使用を技化する」稽古と言える。つまりさまざまな状況において技をどう変化させ適用させるかの稽古である。原則的には[逆の稽古]は[順の稽古]によって育った技を試すためのものなのである。
 それでは[逆の稽古]では技そのものが育たないかというと、ある条件の元では可能だといえる。それは稽古する者同士の実力の差が大きい場合である。実力の高い方は余裕をもって、自分で吟味しつつ技を出すことができるからだ。そのため「技そのもの」をより磨きあげることもできる。甲野先生の松聲館での稽古の歴史は、当然のようにそのような実力差の元に始まり今に至っている。会員の実力がわずかながら付いてきたとはいえ、先生の進歩はあまりにも早い。歩きはじめの幼児とオリンピックの短距離走の選手ほどの差がある(ように思える)。
 そのため、いわゆる[逆の稽古]においても先生は技を練ることができたのだと思う。しかしそうは言っても、技が育つための[順の稽古]的なものが甲野先生にもあったはずである。そうでなければ先生の技は「天才」あるいは「才能」の故に出来たものだと言うことになり、我々は稽古をする意味を失ってしまう。
 改めて言うと[順の稽古]とは相手が意識するしないに拘らず、指導的な立場にある稽古のことである。それは稽古の時間を通してそうであることもあるし、稽古のなかのある一定の時間にだけそうであることもある。
 それでは甲野先生の稽古のなかで[順の稽古]といえるのはどういったものだろうか。
 そのひとつは松聲館以前の、合気道と鹿島神流の稽古である。松聲館以後では、他流派の方々との交流稽古である。それと、伊藤峯夫先生との稽古、また永野さんとの一時期の稽古もそうだったと思う。しかし(いくら先生が「単なる量的な稽古」を否定されているとはいえ)それだけではあまりにも少ない。そこで考えられるのが、甲野先生にとって「一人稽古」こそが[順の稽古]だったのではないか、ということである。

●「一人稽古」の中にある[順の稽古]
 「一人稽古」は言うまでもなく、松聲館の稽古のなかで特別の意味合いを持つ。甲野先生の技が「一人稽古」によって、育てられ磨かれてきたことはまぎれもない事実であり、会員にとっても「質の高い一人稽古が出来ること」がその人の稽古が一段階上ったことを意味する。それはなぜかというと、「一人稽古」では自分の技、構え、型などを、自ら批判的に見ていく、あるいは感じていく力が求められるからだ。もちろんその力も、通常の稽古と一人稽古というふたつの稽古を行き来するなかで育ってくるのである。
 さて、「一人稽古」は今言ったように、自らが自らを批判的に見ること、つまり客観視することが求められるのであり、言い換えれば自分の動きに対して「指導的立場に立つもう一人の自分」が必要となる。この「もう一人の自分」の質が「一人稽古」の質を決めるともいえる。このように考えると「一人稽古」には[順の稽古]の要素が非常に色濃くあることが分かる。しかも大事なのは(私の知る限り)先生の一人稽古は剣、杖など道具を使った稽古がその大半を占めていることだ。剣などの操法を一人稽古の中心に据えることでより己を客観視でき、「もう一人の自分」の質を高めつつ、その「もう一人の自分」が指導力を発揮することで自らの技の質を育てるという[順の稽古]の働きがあったのではないだろうか。

●そもそも一人稽古で何が育つのだろうか
 『一般的に[順の稽古]は指導的立場で自分の技を誘導してくれる相手がいるわけだが、その相手の役割を自分自身でするのが「一人稽古」である』このように考えると、「一人稽古」は[順の稽古]の特殊な形態だと言えないことはない。しかし実際には「一人稽古」と[順の稽古]は互いに独立しており、その働きが大きく重なる部分があると考えるのが正しいだろう。その部分とはもちろん「技を育てる」ということだが、一人稽古がそのように[順の稽古]の働きをするためには、自分の技・動きに対する態度が問題となるだろう。つまり、一人稽古での自分の技に対する(もちろん自分の技にたいする理解度に応じた)「素直」な観察と評価ができるかどうかである。
 概して一人で稽古をしていると、自分の動きに対して過大評価か過少評価をしがちなのではないだろうか。どちらも現実の自分から目をそらし、自分を擁護することになり、一人稽古の質を高めることにはならない。まずは自分の動きを観るのに、何の気取りもなくサラっと観られるようになることが一人稽古の第一歩であり、「技を育てる」稽古ができるのはその後のことである。だからこそ、回数などのノルマによる稽古は「当分の間」意味がないばかりか、有害ですらある。「よ−し、100回やった!」などといった意識が自らの技や体感の冷静な観察と相容れないのは明らかだろう。
 ともかく、現在の技に対する理解のレベルで、ありのままの自分の技を「素直」に観ていける意識を育てるのが一人稽古をするの最初の意味であり、その意識の質が[順の稽古]の質に影響し、またその意識でもって一人稽古をするからこそ[順の稽古]の働きを持たせることができるのではないだろうか。稽古の回数を云々できるのはそれからずっと後のことだろう。
 以上

006の補足(2003年12月)
 文中に名前が出てくるように、わたしは玄和会の南郷継正の上達理論に大きな影響を受けている。といっても著作を読んだだけなので正確なものではないかもしれない。その理論は各自著作に当たっていただきたいが、甲野先生の稽古観とは水と油のように思えるだろう。しかし「技の創出と技の使用」という区別と連関の論理は、あらゆる技術習得の場において逃れることができないもののように思える。ただ現実のわたしたちの稽古のあり方は南郷の示したものとは大きく違う。それは南郷の考える技の「量質転化」とわたしたちの技の「質的転換」との違いである。もう少し言うと、形を繰り返す稽古に至るまでに、われわれにはやるべきことがあるからである。ここでの結論はそのことを示している。それがどういうことかはこの後の武術稽古法研究に繰り返しでてくる。


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